会社概要

社名 木下運動具工業株式会社
所在地 本社  堺市西区鳳中町2丁41番地
代表者 代表取締役 宮脇 捨治
創  業 明治38年
従業員数 15名
事業内容 公園施設遊器具、体育館施設器具、球技器具、陸上競技器具、体操器具、フィットネス器具等の企画、設計、施工、販売、各種コート,運動場他舗装工事全般
取引銀行 本社工場 三井住友銀行 鳳支店| 大阪信用金庫 鳳支店
加入団体 (社)日本スポーツ用品工業協会
(社)日本バスケットボール協会
日本運動施設建設業協会
建設業許可 大阪府知事許可(般-2)第28386号
土木工事業、とび・土工工事業、造園工事業

会社沿革

明治38年 理科器具、学校机、腰掛けその他一般教材、備品の製造販売を、大阪府泉北郡上神谷村富蔵に創業する。
大正9年 工場及び営業所を堺市三国ヶ丘に移転し、木下製作所として、学校用体育機具の製造販売をする。
大正12年 当時の販路は、大阪府下の官公庁及び学校であったが、その販路を、日本全国、さらに朝鮮、東南アジアの諸国にまで拡張し、特に満州、関東州、シナ方面には満州事変後は多大の製品を販売する。
昭和13年 事変のため、諸資材の統制がなされたにもかかわらず、昭和17年より、特に学校用飛び箱、マットの生産指令を受け、その資材割り当実績は我が国第2位であった。
昭和18年 代表者 木下松太郎より、現会長木下 進が継承する。
昭和19年 戦時家屋疎開の為、現住所に移りスポーツ用機具を主に販売
昭和27年 法人組織に改組し、代表取締役に木下 進就任する。株式会社木下製作所となる。
昭和43年 社名を、木下運動具工業株式会社に変更する。
資本金を200万円に増資する。
取締役に木下 裕允就任する。
昭和48年 代表取締役に河中 富蔵就任する。
取締役会長に木下 進就任する。
昭和60年 資本金1929万円に増資
昭和63年 代表取締役に木下 裕允就任する。
資本金2063万円に増資する。
平成1年 (株)コトブキ代理店契約をする。
平成5年 堺市鳳東町6丁665番1に第2工場を開設する。